天草島原長崎の旅(2026/5/16〜5/28):『島原編』
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天草編
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島原編
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長崎編
まだ見ぬ日本の地を巡り、歴史資料館を巡る旅。天草・島原・長崎の3編に分けてお届けします。
フェリー: 鬼池港(おにいけこう) → 口之津港(くちのつこう)
口之津(くちのつ): 明治期、石炭積出港として大いに賑わった町へ
天草から島原までフェリーが近道
約30分の船旅 島原が見えてきた
フェリーターミナルに歴史民俗資料館があり訪問
令和2年に出来たばかりの新しい施設
(画像は島原市HPより)
徒歩15分のところに分館がある そちらにも行ってみる 歴史を感じる建物
(画像は島原市HPより)
個人的には分館の方をオススメしたい 館長さんに大変お世話になった
(画像は南島原ひまわり観光協会HPより)
分館までの途中にある、なんばん大橋はシンボルになっている
今夜の宿は民宿まつおさん 狭く見えるが奥行きがあるのでかなり広い
窓からは海が見える
夕食はイサキの煮付も!(この旅で2回目) トロトロの角煮も美味しかった
[世界遺産] 原城跡: 島原の乱で3万人が斃れた地へ
路線バスで原城前へ
10分ほど歩く 幕府軍は12万人が集結したという
元はキリシタン大名が建てた城 皮肉にも多くのキリシタンが犠牲になった
籠城した3万人以上(諸説あり)が全員、命を落とした
石垣をよじ登って幕府軍は城を攻め立てた
5月なのに夏のような暑さ 今はなんて平和な時代だろう
情報を得て、小高い山の上に建つ教会へ
その目的は、クリスチャンの彫刻家が15年かけて彫ったマリア像
入口のステンドガラスが額の中で光る
輪切りを建物内で組み上げて作った 斃れた者たちを静かに慰霊している
島原市内: 島原城・四明荘(しめいそう)
㈱島原鉄道が島原半島の鉄道とバスを支えている
駅前からも既に見えていた島原城 近づくほどに増す存在感
白い壁が青空に映える
鉄筋コンクリートの復元ではあるが重要な観光資源
天守閣は風が通る
写真の正面 雲仙・普賢岳が1990年11月に噴火して火砕流が発生
島原はダムが不要(一つだけ存在) 水が豊富に湧き出るらしい
四明荘という古民家を利用した施設へ立ち寄る
昔のお医者さんが建てて住んでいた
縁側の下まで池を巡らす粋な造り 家の四方がそれぞれ良い風情
併設したカフェ「Koiカフェゆうすい館」で一服
「かんざらし」という白玉の団子餅が小腹を満たす
神代(こうじろ): 雲仙市歴史資料館・神代鍋島邸
なぜ神代(こうじろ)に来たか? 雲仙市歴史資料館があったから
色々あったけど一番気になったのは・・・
剣の免許皆伝らしき師範と弟子の印可手形 生々しさがある
昔この辺りを納めていた神代鍋島藩の旧宅
よく手入れされている感じ
少し上からの全体像 いわゆる昔の豪邸
中は贅沢な造り
広々 (そして屋内は撮影禁止だとこのあと気づく)
諫早(いさはや)市: 市内散策
黄色い車両がレトロ感を醸し出す島原鉄道
後ろのマンションの圧力に負けるな、本諫早駅
なんだか開放感のあるアーケード商店街
諫早市美術・歴史館 ノルマ達成(!?)
眼鏡橋は長崎市が有名だが、諫早市にもある
構造を知ると人間て凄いなあと思う 石橋は水害に強かった
諫早は干拓のイメージがあるが山城があったとは
城の代わりに巨大なクスノキが鎮座 畏敬の念を感じる
今夜のホテル 妙にヘンテコな名前
あれ?もしかしてこのドアの形状は・・・
何らかの施設をホテルに改造 でもバリアフリーで居心地は悪くない
このホテルでは宿泊後にタオルクリーニングの経費はゼロ
雲仙: 雲仙地獄・雲仙大仏・温泉神社・雲仙の共同浴場
昔々、雲仙は「温泉」(うんぜん)という地名だった
昔々、温泉(雲仙)は霊場だった すごい蒸気と熱気に顔も歪む
広大な遊歩道が整備されている 全部回るには半日はかかりそう
海外からの観光客もたくさん 「地獄」ではキリシタン迫害も多数あった
あった、あった 「雲仙お山の情報館」と・・・
(雲仙お山の情報館ページより)その別館の歴史資料館へ ここで雲仙の起源を知った
(雲仙お山の情報館ページより)歴史の教科書に出てくる行基(ぎょうき)という僧が開山したとされる
雲仙大仏の金色は世が輝くことの願いの表れか
寺があれば神社もある
なかなか立派な神社であった
共同湯がいくつかある 近場の共同湯へ行ってみた
中は撮れないので外観を
小浜(おばま): 小浜温泉・小浜歴史資料館
海岸沿いにある温泉街「小浜温泉」 今回時間がなくて温泉には入らず⋯
小浜温泉が始まった歴史がわかる 小浜歴史資料館
きっと夕日が綺麗だろうなあ 標高の関係で雲仙より温泉の温度は熱いらしい
小浜チャンポンが有名らしい しかしお店は閉まっていて食べそびれた