2025年8月31日日曜日

エッセイ|屋久島に流れる水|鹿児島

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テーマ:『流れる水』

年2回ほどローカル線で日本を旅している。2007年には人生で初めて鹿児島を訪れた。東京を発ち、東海、山陽を経て九州へ。大分県では由布院や別府温泉に立ち寄るなどゆるりとした旅で、行きだけで数日をかけた。宮崎県から鹿児島県には日豊(にっぽう)本線で霧島市に入る。日豊本線は「日向(ひゅうが)」と「豊前(ぶぜん)・豊後(ぶんご)」から名付けられた。霧島市から鹿児島市へ向かって南下すると桜島が浮かぶ鹿児島湾にぶつかる。当時抱いていた鹿児島のイメージは「桜島」と「明治維新」、そして「屋久島」であった。

※以降の写真は、特別な注釈がないものは筆者自身が撮影したものです。

鹿児島湾に浮かぶ桜島

初めての鹿児島では印象深い思い出がたくさんあるが、ここでは特に屋久島について書いてみたい。屋久島には鹿児島から船で上陸した。この円形の島は約90%が山地であり、頂点には1,936mの宮之浦岳が聳(そび)えている。その高低差によって、亜熱帯〜亜寒帯までの植生帯が1つの島の中に凝縮している。唐突に突き出た山塊には海からの湿った空気が絶えずぶつかる。その空気は上昇し、雲を作り、多量の雨を年中降らせる。

屋久島の山地と植生

屋久島では逢ってみたい先住民がいた。樹齢数千年を超えると言われる縄文杉である。島のほぼ中央に位置し、標高約1,300mの場所にある。登山ルートは大なり小なり整備されているが、山であることには違いない。本来であればしっかりと装備をして、早朝から往復10時間をかけて大自然を楽しむ。

ところが、旅中でもあり普通のシャツにジーンズ、スニーカーという格好で挑んでしまった。しかもあろうことか当日は準備に手間取り入山が午前10時を過ぎてしまう。日暮れまでには下山しないと遭難の危険も出てくる。食料を少々と水分補給用にペットボトルのお茶を持って、急ぎ山の中へと踏み出した。既に下山してくる一行とすれ違った際、先導者がトランシーバーでどこかに報告する様子が見えた。これから登っていく者がいる、という内容が何となく分かった。迷惑をかけないよう無事に下山せねばならない。折り返しのリミットを14時と定めた。縄文杉まで行けなかったとしても、それはやむを得ない。

登山道の入り口

この多雨な島で、幸運にも雨は降らなかった。林立する屋久杉の梢から木漏れ陽が射し込む。地面を覆う苔が水気を含んでキラキラと輝く。苔をまとった緑色の倒木はまだ息をしているかのようだ。屋久島にはヤクシマザルやヤクシカなどの固有種も多く生息する。登山中、ヤクシカと二度ほど遭遇した。山の中で野生動物と遭遇するのは不思議な気分がする。せっせと登ってくる人間をどう思うのだろうか。そのヤクシカだが、2025年現在では個体数の増加が問題になっているという。自然というものは一筋縄ではいかない。(下の写真は偶然に遭遇したヤクシカ)

偶然遭遇したヤクシカ

半分ほど登った頃だろうか。わずかに手先の痺れを感じ始めた。そういえば、ほとんど休みも取らず汗だくの状態がずっと続いていた。これは熱中症の初期症状ではないだろうか。ペットボトルのお茶は既に飲み干していて明らかに水分が不足していた。どこかで水分補給をしたいが、ここは森の中。自動販売機もコンビニもない。だんだん体の力も抜けてくる。水、水・・・。

そうだ、ここは屋久島ではないか。スポンジのように多量に水を含んだ島のはずである。見回すと、少し道から外れたところにチョロチョロと流れる水が見えた。近寄ってみると、手でかろうじて掬(すく)えるほどの小さな細流があった。ひどく透き通っていて、とても美しく見えた。試しにペットボトルに水を入れて透かしてみる。見た目には全く不純物は無い。無色透明な水が揺れていた。無論、水質に問題があるかもしれず、そのまま飲むのは通常なら避けたほうがいい。

森の中の細流

しかしこの状況である。選択肢はない。ひと口、飲んでみる。ああ、うまい。これまでの人生で水の有り難みをこんなにも感じたことはなかった。

ゴク、ゴク、ゴク。一度飲み干し、もう一度飲み干す。ああ、生き返る。水というのはこれほどすごいものか。水を飲みながら少し息をついていると、手先の痺れも消えて力も湧いてきた。よし、行ける。再びペットボトルを細流の水で満杯にし、取り戻した力で登山を再開した。

再び登り始めてからは、進むほどに道が険しくなっていった。長年サッカーをしていたので脚力には多少の自信はあった。それでも傾斜のきつい斜面がずっと続くとさすがに厳しい。いい加減、もう着いてくれと思うものの、いつまで経っても縄文杉は現れなかった。時間は13時30分を過ぎる。もうそろそろ下山を考える頃だ。もうダメか、いやもう少し、もうダメか、いやもう少し。そして、リミットの14時がついに過ぎてしまった。無念・・・。

と、思ったその時。人だかりのあるところへ出た。その中心にあるのは、大きな縄文杉だった。ついに、逢えた。ここまで、長かった。ゴツゴツした巨大な幹。まるで年月という鎧(よろい)だ。大人10人が手を繋いでやっと届くという幹の太さ。絶え間なく葉から日光を取り込み、絶え間なく根から水を吸い上げる。計り知れない時間をかけ、人知れずその姿を作り上げた。駆け寄って抱きつきたいところだが、展望デッキからその姿を拝むだけで近づくことはできない。根を踏み荒らされないためだという。いや、いいのだ。こうして逢えただけで。この、事実だけで。

縄文杉

もっと余韻に浸りたかったが、ゆっくりしてはいられない。名残惜しいが下山せねばならない。下りは重力に任せて登り以上に一気に駆け下りた。脚は踏ん張りがきかなくなっていたが、どうにか陽が没する前に麓まで辿り着いた。奇跡的な一日だったと言ってもいい。

縄文杉ではすぐに引き返したが、デジタルカメラで何枚かその姿を収めた。中には監視員の方が声をかけてくれて撮ってもらったものもある。カメラを渡すと操作に少し戸惑っておられた。何しろ使い捨てカメラよりもチープな代物で、ボタンは電源とシャッターくらいしかない。撮影された2枚がどう写っているかもその場では分からない。後日画像を確認すると、立派な縄文杉を背景に一人のひょろりとした男がちゃんと写っていた。手にペットボトルはない。肩から下げたバッグの中だろう。果たして水が残っていたかどうか、今はもう定かではない。

縄文杉

本エッセイは、『市民による市民のためのちいさなDIYマガジン「Link -リンク-」vol.21 秋号』にも掲載されました。(発行:おおたFab、東京都大田区西蒲田4-7-7 6F/発行日 2025.09.01/https://ot-fb.com/shop)

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